岡村 直子 (おかむら なおこ)
<経歴>
静岡県生まれ、静岡市在住。
詩集『をんな』『帰宅願望』。
文芸フォーラム静岡、静岡県詩人会、静岡県文学連盟、日本詩人クラブ、各会員。
「穂」同人。
静岡県芸術祭「詩」奨励賞、杓子庵文学賞「随筆」、各受賞。
<詩作品>
六月の朝
訪れる人は滅多にいない
外へ出るときといえば
空腹に耐えられなくなったときくらいで
その日暮らしのわたしの家の前に
六月のある早朝何かの気配がした
そっと入口の方へ行ってみたがそれらしき影は見当たらない
しかし枝折戸のところに紙袋が置いてある
恐る恐る中を覗く
朝露をたっぷり含んだ笹の葉に包まれた数匹の鮎
まだ清流を泳いでいるようで
こんな時間に
わざわざ旬のものを運んで来てくださった方がいる
果たしてどなたやらと思い辺りを見渡すと
神獣鏡から飛び出したような動物が口に何かをくわえ
朝もやの紫陽花の中を一目散に消えて行った
帰宅願望
一カ月に数日間
母と別々な日を過ごす
着替えで察するのだろう
アソコニハ イキタクナイ
毎回繰り返す僅かな抵抗も呑みこみ
毎回母はわたしの車に乗る
ロビーに立つと
奥から係りの者が迎えに来る
茶髪の若い青年
はじけそうな身体の娘
物分りのよさそうな年嵩な女
毎回違う顔に笑みさえ浮かべ
オネガイシマス と
母はにわかに素直な老女になる
母の手はわたしから
血のつながらない人の手に託される
縮こまった後姿が
ゆらめきながら
視界から消えていく
振り返ることもなく
約束の日がきて
母を迎えにいく
決まって車の中で母は言う
アア アリガタイ アリガタイ
モウ キテクレナイノカト オモッタヨ
ナオコ
渡されるノートにはいつも書かれている
―キタクガンボウガ ツヨイデス
梅雨明けやらぬある日
イキタクナイモットトオイトコロ に
母はもう
出かけたっきり